水曜日, 7月 17, 2024

SUNSET LIVE '94


’94年夏、
 ’93年、私は滞在していたイタリアで体調を崩し、帰国して春に手術をした。
 まだ体調が良くなかったので仕事にもつかず、暇さえあれば母に車を借りて福岡市内からSUNSETに遊びにいっていた。

 SUNSET LIVE '94の数日前。
 SUNSETでは店員さんが店の前のデッキで、大きな段ボール箱にマジックでゴミ箱と書いてそれにビニール袋をかけてライブ会場内で使うゴミ箱を作っていた。

「私にも手伝わせてください」

 と言って、私は作業を手伝わせてもらった。楽しい、こういうの。
「私、時間があるんで、他に何かすることあったら手伝わせてください」
 そう言って、その日からライブの設営のお手伝いをすることにした。

 SUNSET LIVEの前日には、店の駐車場に大きなトラックが続々とやってきた。
 トラックの荷台から次々に機材が出てくるのを眺めていたら、あっという間にSUNSETの建物の横にステージが設営された。
 ついに明日、ここでライブがあるんだ。
 ワクワクしながらその様子を見ていると、SUNSETのオーナーHさんが近づいてきた。
「明日は楽しみですね」
 と、私が言うと、
「うん、楽しみだ。そうだ、明日も手伝ってくれる?」
「私、チケットもう買ったんで、明日はお客で来ますよ」
「チケットは払戻しするから」
 そう言って、Hさんは私にチケット代を渡して、
「じゃ、明日は全員10時集合だからよろしく」
 そう言ってどこかに行ってしまった。
 Tシャツに短パン姿でヒョロンと背の高いオーナーのHさんは、三十代の男性だ。日に焼けた浅黒い肌で、
「サーフィンが大好きで波が上がれば、店そっちのけで海に行ってしまう」
 と、店の従業員の人から聞いていた。また海に行ったんだろうか?なんとも掴みどころのない人だ。
 明日、私働くんだ。みんなと一緒にLIVEに行く約束してたのに。まいっか、スタッフ側っていうのもなんか面白いかもしれない。
 翌朝、渡されたスタッフTシャツを着て車に乗り込んだ。
 前日言われた通りに、集合時間の午前10時少し前にSUNSETに着いた。
 いつもの海辺にポツンとある掘建て小屋のような店の周辺はライブ会場に様変わりしていた。
 設営されたステージの横に積み上げられたどでかいスピーカーからは、音響さんがマイクや機材の音のテストに「あ、あ、ワンツーワンツー」と、いう音が爆音で聞こえている。
 うわ、なんだか胸が高鳴る。
 私は従業員用の駐車場に車を止めてSUNSETの建物の方に向かった。ステージの横にいるHさんを見かけ、
「おはようございます。今日私は何をしたらいいですか?」
 と、聞いた。隣には体格のいい男の人がいる。
「おはよう。こちらはライブのディレクションと司会をしてくれるDくん、こっちはMちゃん」
 Hさんの横にいた体格のいいDさんは、
「おはよう」
 と、言いながら握手を求めてきた。私は、
「おはようございます」
 と、言いながらその握手に応えた。
「Mちゃんは、このDくんのサポートをしてください。じゃ、よろしく」
 そう言ってHさんは、またどこかに行ってしまった。あの人消えるの早い。
 私はてっきりゴミ拾いか、入り口でチケットもぎりのお手伝いでもするのかと思っていた。
 サポートって何よ、何すればいいの。
 私はDさんに率直に、
「すみません、私は何をすればいいですか?」
 と、尋ねた。Dさんは今日行われるライブのタイムテーブルを私に見せて、
「今日はこんな感じで進行するようになっている。僕は常にステージの下手のここにいる。Mちゃんは出演者を出演30分前にここに呼んで来たり、細々とした僕の指示に従ってください」
「わかりました」
 私は、分かっても無いくせにとりあえずそう答えた。これは大変な作業だぞ。
 午前中に出演者のリハーサルが始まった。
 カジャ&ジャミンだ。東京にいるときにS市君が送ってくれたカセットに入っている。カセットで聞くよりやっぱり生で聴くと迫力がある。
 そしてハードコアレゲエ。なんかあのボーカルの人見たことある。わかった、池袋のクラブでレゲエクリスマスのイベントがあったときに歌っていた人だ。思い出した。
 聞いたことのあるミュージシャンが、次々にステージでリハーサルを済ませて降りてくる。
 しっかりとミュージシャンたちの顔を覚えておこう。後で本番前に呼びに行くときのために。
 私は気合を入れてそれぞれのミュージシャンの顔を覚えた。

 開場は午後2時、本番スタートは午後3時から。
 朝の10時に来てからあっという間にその時間がやってきて開場となった。
 福岡市から糸島半島の先っちょにあるSUNSETへは、車で来れない人のために今宿駅からのシャトルバスもこの日には特別運行されている。
 カラフルなサマーウエアを着た人や水着姿同然のような格好をした人たちが、いつもは駐車場として使っているライブ会場に続々と入ってくる。
 いよいよ始まる。DJブースからは軽快なレゲエサウンドが流れている。
 ステージの袖にいるDさんからの指示が入った。
「Mちゃん、最初に出演のミュージシャンを袖に呼んでおいて」
「ハイ、わかりました」
 私は会場中を走ってミュージシャンたちを見つけ、
「そろそろ出演の準備にステージの袖にお願いします」
 と、言いに行った。これを何回繰り返しただろう。

「私走る電線みたいだ。でもなんか楽しい」
 そう思いながら、ただひたすら夕方になるまで同じ事を繰り返し走り回った。
 個性的なミュージシャンのグループ名と顔は瞬時に覚えることが出来たものの、どの人たちが東京から来た人たちで、どの人が福岡の人なのか、20歳で福岡を離れて7年ぶりに福岡に帰ってきた私には全くわからなかった。
 そんなことよりも今日このイベントが滞りなく進行すること。そのことのみに集中した。
 どんどん増える観客の中、ノリノリのカジャ&ジャミンの演奏が終わり、最後のバンドの前にココナッツと言うグループのダンサーがステージに登場した。DさんがMCであおるだけ煽って会場を盛り上げている。
 パラオに身を包んだダンサーは足元はドクター・マーチンの編み上げブーツ。会場が盛り上がったところでぱらりとパラオを脱いで、おへそが見えるピタッとしたトップスにショートパンツでガンガンお尻を振ってレゲエダンスを踊りまくっている。会場は大興奮だ。
 もうこれ以上盛り上がらないだろうと言うところまで盛り上がった会場のオーディエンスは、一つの生き物のようになったかのように右に左に揺れまくっている。
 そして大取りのハードコアレゲエのステージが始まった。
 ステージの眼下には海岸が広がり、そこにサーファーたちがプカプカしている。
 その先に大きな夕日が沈もうとしている。
 こんなハッピーな空間が今この地球上で他にあるだろうか、と言うくらい恍惚とした光景だった。
 タイムテーブルを覗くと最後の演奏があと十分で終わるのを確認した。
 ステージの袖ではDさんがステージとオーディエンスを満足げに見渡している。
「Dさん、もう私たまらない。踊ってきていいですか?」
「行っといで、思いっきり踊っといで」
 Dさんにそう言われたのをいいことに、私は階段を駆け上がりステージの後方でコーラスとダンスをしていた女性たちの中に紛れ込んで一緒に踊った。
 コーラスの女性たちも歌い踊りながら、
「いいね、一緒に踊ろう」
 と言う感じで、歓迎してくれている。
 音に乗って体を揺らしていると、踊っている自分を上空から眺めているような気分になった。
 どうしてレゲエのリズムってこんなに心地いいんだろう。高校生の頃バンドを組んでいた時は、縦ノリのパンクが大好きだった。ガンガン飛び上がって汗をビッチリかきまくってドカドカ踊ってるのが好きだった。
 今この場所で感じているリズムは、縦乗りとはまた違う。ドラムやベースの音が心臓の鼓動にしっかりと響いてくるこの感じ、まるで目の前の海の波が寄せては返すかのような感じで自然と一体化しているような気分。レゲエってなんて気持ちいいんだろう。

 はたと気付けば、演奏は終わっていた。
 会場を盛り上げたミュージシャンはステージから降りて行こうとしていて、音響さんが機材を片付け始めている。私は一瞬我を忘れて何処かに行っていたようだった。
 大興奮の中、SUNSET LIVE ’94 は幕を閉じた。
 観客として楽しめなかったことへの後悔は、微塵もなかった。
 それよりも海岸近くの自然あふれるこの場所で、同じ時間に大勢の人と楽しめた達成感に心は満たされた。

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