水曜日, 7月 17, 2024

SUNSET LIVE '95

 


’95年 

 春になった。間も無くゴールデンウィークがやってくる。
 おおよそ無職だった私は、暇を見つけてはSUNSETに通っていた。お客さんは、日増しに増えている。
 しょっちゅうやってくる私にオーナーのHさんが、
「Mちゃん、ゴールデンウィークから、バイトに入らない?」
 と、声をかけてくれた。
「いいんですか?私なんかで」
「だって、いっつも来てるじゃん。どの道まもなくバイトの募集かけようと思っていたからこっちも助かる。どう?」
「はい、来ます。来させてください」
 私は、元気よく返事をした。
 冬の間、スタッフのRちゃんを手伝いながらSUNSETの建物の外壁画を描いていて、ちょうど出来上がりつつあるときのことだった。

 スタッフとしてカウンターの中から眺める海は、毎日違う表情で全く飽きることがない。
 寄せては返す波を見ながら働いていると海に感化されてるんだろうか、気持ちが澄んでいくような気持ちになる。
 湿気を帯びた夏草の匂いが辺りを囲んでいる。
 ザワザワする夏の日々が過ぎていき、間も無く8月になろうとしている。
 ランチタイムの賑やかな時間が過ぎたある日、ふと、気になって私はオーナーのHさんに尋ねた。
「今年のSUNSET LIVEは、いつするんですか?」
 Hさんは、
「いやぁ、もう今年はやめとこうかなと思ってさ。大変なんだよね、結構大博打打つ感じじゃん。天気も気になるし、来場者がどれだけかも気になるし、しんどいんだよね」
 と返された。私はびっくりして、
「ダメですよ、あれは続けないと。あんな素晴らしいイベント、続けることに意義があるんです。この先10年も20年も続けたら、すごいことになっていくんですよ」
 私は驚きとともに、なんて答えたらいいんだろう、と考える前に口からそんな言葉が出ていた。
 Hさんはウ〜ンと唸った顔をしている。
 そんな話をしているところで、外人の常連客たちがゾロゾロと店に入ってきた。つい私は、
「聞いてよ、みんな。Hさん、今年はSUNSET LIVEしないとか言うんだよ」
 この頃に来ていた外人客たちは、不思議なくらい日本語をよく喋れていた。
「Mちゃん、今なんて言った? あれはせんといかんやろ」
 オーストラリア人のJ が流暢な博多弁で言った。
「でしょ、絶対しなきゃだよね」
 私は味方ができたのを好都合に、ますますHさんに詰め寄った。
「でも、去年と同じ8月の終わりにするとしてもあと1ヶ月。だけど何にもしてないよ」
 と、弱気な口調でHさんが言う。
「しましょう。私なんでもしますから」
「わ、わかった」
 Hさんは私の勢いにのまれて首をついうんと縦に振ってしまった感じだった。
 私は勢いに乗って、
「ミュージシャンは去年と一緒でいいですね。音響さんにも連絡入れます。それと、チラシやポスター、それから・・・」
 私は、やらなければならないことを書き出し、優先順位を決めていった。そして、
「ポスターの絵、私描きます。どんなのがいいかな」
 私が少し考えていると、
「Mちゃん、この前中洲のバーに大きなラム酒のコルバの絵描いてたじゃん。あれの椰子の木の間に夫婦岩を足すのはどうかな?」
 と、Hさんが言ってきた。
「あ、それいいですね。今夜、家で描いて明日持ってきます」
「明日?」
「はい、私、絵を描くの早いんです。それに急いだ方がいいでしょ?」
 Hさんは参った。と言った様子で頷いた。
 外のデッキでビールを飲んでいた外人たちが、私たちが話している所にぞろぞろやってきた。
 Jが、
「やるっちゃろ?」
 と聞いてきた。
「うん、やるって」
 私は飛び上がりながらそう応えた。Jをはじめ数人の外人客たちは、
「俺たちもチラシ配りやら手伝うばい。なんやったら大きな垂れ幕作って親不孝通りやら天神ば練り歩くたい」
 と言ってくれた。
「ありがとう、やってやって」
 私は外人風に身振り手振りを大きくして喜びを表した。
 店の店長が、
「Mちゃんよろしく頼むよ。店のことは俺たちでどうにかするから、Mちゃんはそっちに専念して頑張ってよ」
 と言ってくれた。
「はい、了解です」
 と、私は威勢よくこたえた。
 私のお腹の中にボンと火が付いた。

 やると決まったその日のうちに、去年出演したカジャ&ジャミン、ハードコアレゲエ、地元のミュージシャンに電話を入れた。どのミュージシャンも出演の依頼を心待ちにしていたようで、二つ返事で承諾を得ることができた。
 カジャ&ジャミンは、関西のバンド。
 ハードコアレゲエは、東京のバンド。
 それ以外の出演者はバンドもダンサーも地元福岡の人たちだ。
 昨年いきなりイベントに参加した時には、どこの誰が、どこの人なのかチンプンカンプンだったが、この頃にはしっかり把握できていた。
 次は音響会社さんだ。九州のコンサートを一手に引き受けている大きな音響会社だから、一ヶ月前で、どう返事が来るかわからない。でも私はとりあえず電話してみた。
 音響会社の社長のTさんも、今年はしないのかと思い倦ねていたようで、明日にでも会社にいらっしゃい、と言ってくれた。
 その日の夜、家に帰ると私は美大時代の画材道具を引っ張り出し、猛烈な勢いで約束した絵を描きあげた。
 翌日、描いた絵を持ってSUNSETへ出勤した。Hさんは、描いてきた絵を見て、
「いい感じやね、俺もやる気が出てきたよ」
 と、言ってくれた。
「私は今日、音響会社のところに行ってきます」
「わかった、俺も一緒に行こう」
 ふたりで音響会社に向かい、今年のSUNSET LIVEについて計画を練った。
 音響会社を出ると、Hさんは、
「俺、あのTさんを目指してるんよ。あんな大人になりたい」
 と、桜坂の木立の上に立つ音響会社の社屋を、眩しそうに仰ぎ見ながら言っていた。

  SUNSETへ戻る帰り道、
「最初の年のSUNSET LIVEは店に来ていたレゲエ好きの常連客たちが、
『ここでライブをしよう!』と言い出し、
ほとんど俺は手を入れる事なくイベントは場所を貸すような感じで進んでいった。
ステージは大型トラックのトレーラー部分を使ったものだった。
その様子を見た音響会社のTさんが、
『あれはステージとは言えない。うちの会社にできる事だったらなんでもやるよ』
 と、言って2回目の去年から参加してくれた」
 そんな事を、Hさんが話してくれた。

 それからの一ヶ月は、去年のSUNSET LIVEで走り回った一日のように、毎日走り回った。
 出来上がった絵をHさんの友人のグラフィックデザイナーのところに持ち込んで、ポスターとチラシを作ってもらう依頼。
 スピード印刷屋さんでライブの入場チケットを作ってもらう。
 ミュージシャンの交通チケットの手配、ギャラの計算。
 出来上がったA4サイズのチラシや大きなポスターには、チケットを売ってくれるお店のロゴが、ずらりと何十件も載っている。
 そのお店一件一件にポスターとチラシ、封筒に入れたチケットを預けにいく。
 チケットを預かってもらう大部分の店が夜をメインに営業している飲食店。
 毎日たくさんのチラシとポスターを車のトランクに乗せて、Hさんと私は二人で手分けしながら天神や西新のお店を訪ねて回る。
 出演するミュージシャンから音響会社へステージ上でのマイクや機材の配置図をファックスしする。
 毎日毎日やってもやっても仕事は盛り沢山だった。
 
 どんどんSUNSET LIVE開催の日が近づいている。
 後一週間でイベント当日という日に、前日と当日に手伝ってくれるスタッフの数を店のカウンターで数えながら、はたと気がついてHさんに尋ねた、
「Hさん、スタッフTシャツは?」
「ありゃ、抜けとったね」
「去年はどうやって作ったんですか?」」
「去年は、友達の店が閉店するっていうんで、その在庫処分のTシャツを格安で分けてもらってプリントしてもらったんよ。でもその店はもう無くなった」
「ありゃま、じゃぁ今年はどうしましょう。もう時間もないし」
 Hさんと昼の営業担当のAちゃんとカウンターで悩んでいると、オーストラリア人のJがやってきた。
「どうしたと?みんな困った顔になっとるよ」
 と、言うので、
「そうだよ、ちょっと困ってる。ライブのTシャツ作るの忘れてたんよ」
 と、私は今、悩んでいることを伝えた。すると、
「最近、姪浜にやってきたカナダ人の夫婦がシルクスクリーンをするよ、聞いてみようか?」
 と言ってくれた。
「お願いしましょうか?時間ないし」
 と、私が言うと、
「J、とりあえず聞いてみて」
 と、Jに向かってHさんが言った。
 ギリギリセーフで、イベント用のTシャツは出来上がった。

 昨年、イベント当日に散々神経をすり減らした「誰が誰?」と言うのが誰でも解るように、首から下げるネームタグをハガキの半分くらいのサイズにダンボールを切って作った。
 色はラスタカラー。
 ミュージシャンは表に「GUEST」裏にバンド名、関係スタッフには「STAFF」と書いてそれぞれの名前を書いた。これで誰が何をする人かがすぐ解る。
 他に抜けていることはないだろうか。私は今までやった事が無いことをしている為に、確認が出来ずに毎日緊張していた。
 その代わり、やると決めた日から作ったノートに、日付をつけて、やるべき事は一つ一つリストアップしていった。
 そして、ちゃんとやり終えたら線を引いて消していった。

 第3回SUNSET LIVE 開催前日。
 去年と同じように朝から大きなトラックが会場づくりのためのテントやステージの足場をどんどん運び込んでいる。
 今年は、去年のステージの位置から場所を一変して、音響会社の社長T さんの提案で店の東側にステージを作ることとなった。ステージの背後はすぐ山、その山に「SUNSET LIVE ’95」の大きな切り抜き文字が浮き立つ。
 照明は山の色や自然の色を引き立たせるためと経費節約のため一色。これも音響会社のTさんのアイディア。
 Tさんはニコニコ笑いながら、大きな会場をどんどん指揮して作り上げていく。
 夕方までに会場が出来上がると、「では、明日」と言って会場を設営していた音響会社の人たちと一緒にTさんも、さくっと帰っていった。
 いよいよ明日だ。「もう、やらない」とHさんが言っていたライブをやるところまで持ってきた。後は、明日の波に乗るだけだ。私も明日のために早々に店を出て家路についた。

 翌朝、お天道様が「さぁ頑張って、いってらっしゃい」と言っているかのように晴れた。私は、朝早く平尾の家を出てSUNSETに向かった。
 今日は私が去年のDさんのように会場の袖で指示を出す役割だ。Dさんが去年使っていたタイムテーブルをそっくりに真似して今年のタイムテーブルも作った。
 ステージの側で私をサポートしてくれるのは、体格のいいサーファーの男の子たち。
 SUNSET までの道のりでイベント会場に着いたら、する事を頭の中で整理しながら車を走らせた。
 SUNSET に着くと、スタッフ全員が集合して挨拶をかわし、それぞれの仕事の役割を確認しあった。
 さぁ、リハーサルだ。出演者の最後の方から始めて、一番最初に出るミュージシャンが最後にする。こうしておくと最初の楽器のセッテイングがそのままでいいからだ、とTさんに習った。
 最初のリハーサルが始まった。リハーサルの予定時間はそれぞれ30分。それを過ぎても全然終わろうとしない。
「どうして?」
 ぽかんとステージを見ていると、ステージで楽器の設置を担当している音響会社のスタッフのお兄ちゃんが、
「ディレクターのMさんが指示出さないと、いつまで経ってもリハやってるよ彼らは」
 と、ぽそっと教えてくれた。
 そうか、そう言うことか。私はすぐさまステージの前に立ち、
「リハ、後五分で終わってください」
 と、大声でリハーサル中のミュージシャンに声をかけた。また一つ覚えた。
 大きな声で、それぞれのミュージシャンに指示を出しながら、リハーサルは無事にすんだ。
 今回のMCは、いつもいろんなシーンで助けてくれたJがやってくれる。オーストラリア人で巧みに博多弁を話すJ は、きっと会場中を盛り上げてくれるはず。
 本番が始まった。最後のバンドまで、去年Dさんがやっていたように、サポートの男の子に指示を出し、ミュージシャンを呼んできてもらいの繰り返しをしていたら、あっという間に最後のバンドになった。
 会場をオープンしてから、最後のバンドが演奏し終わるまでが五分くらいに感じた。私は音楽を楽しむなんて事はてんで出来なかった。それよりも無事に今日の興行が終わった安堵感の方が大きかった。
 今回もSUNSETの前の海岸には波がたち、海にはたくさんのサーファーが海にプカプカ浮かんで波乗りを楽しんでいる。波乗りしながら音楽が楽しめるなんて最高だろうな。大きな夕日がサーファーたちの向こう側に沈んでいった。
 私の気持ちは去年ほど恍惚とはしていない。
 それよりもお客さんたちは楽しんでくれただろうか?そんな事を思いながら、とっぷりと暮れた会場の中でゾロゾロと出口に向かう観客の後ろ姿を眺めた。

 東京にいた頃、弟たちとレゲエの野外ライブに何度か行った。会場は遊園地の中の円形ステージだったり港町の特設会場だったり。有名な外国のミュージシャンたちがやってきて素晴らしい演奏を楽しんだ。あの頃のあれは、それはそれで楽しかった。単なる観客だったわけだし。
 この自然たっぷりの中で行われるSUNSET LIVE はやっぱり素晴らしい。
 なんだろう、開放感?ずっと続けていきたい。そんなことを夕焼けに照らされる海を見ながら思った。

 日が暮れてしまった。去年はこの辺りで私はお暇した。
 今回は最後まで見届けなければなるまい。
 ステージの機材がほとんど片付けられ、電気を引いていたコードが今までひっそりと隠れていた蛇のように地面のあちこちに見える。それを音響会社のTさんが肘を使って上手に巻いていっている。私も真似してコード巻きを手伝った。
 
 人が去っていった会場には、たくさんのビールの缶や食べ物を包んでいたゴミ屑がボロボロ落ちている。
 たくさんのゴミを眺めながら、最後まで残っていたスタッフたちと会場の片隅に集まった。
「このゴミ、悲しいですね」
 つい私は口に出してそう言ってしまった。
「そうなんよね、これどうにかならんかね」
 私の言葉にHさんもそう答えた。
 そして、イベント中のちょっとしたアクシデントや困った観客のことなど、次々にスタッフの口から溢れてくる。
「今日のところは事故もなく終わったんだからよしとしよう。みんなお疲れさん」
 Hさんがそう言うと、みんな興奮していた体から何かが抜けていくかのような顔になり、各々帰り支度を始めた。
 音響会社のTさんも、
「じゃぁ、明日午前中にステージの撤収にうちのスタッフが朝から来るから、お疲れさんね」
 と言って帰っていった。
 そっか今日のところは終わったんだ、と思った。何が何だかわからないまま終わっていった気がした。

帰り道の運転は、行きがけの意気揚々とした気分とは裏腹に、ただぼーっとしていた。
 翌朝、SUNSETは店もスタッフもお休みだった。けれどなんとなく気になって私は車を走らせた。
 SUNSETの駐車場に設置されていた仮設ステージは、すっかりなくなり元の通りの駐車場に戻っていて、そこに一台だけHさんの車が停まっている。
 Hさんは、店の周りのゴミ拾いを一人でしていた。
 私は、Hさんを手伝って一緒にゴミ拾いをした。
 お昼近くまでかかって、SUNSET 近辺のゴミ拾いを終えると、Hさんが、
「Mちゃんも疲れたやろう。もう今日は帰ってゆっくりしい。明日は一日しっかり休んで、明後日からはチケットの回収が待ってるよ」
「そうですね、今日はここら辺で帰ります。お疲れ様でした」
 私は、ライブの次の日の状態を見にいって良かったと思った。あんなに散らかってるなんて。来年への課題だ。

 ライブの二日後からは、ライブのチケットを預かってもらっていた店への回収作業が始まった。たった一件で百枚近く売ってくれるお店。一、二枚しか売れなかったお店、と様々だ。
 どこの店にも同じように頭を下げて回る。来年もよろしくお願いしますと言いながら。

 SUNSET LIVEが終わると辺りの木々や葉っぱを掃除するかのような台風がやってきて、「はいこれで夏は終わりました」と、言うかのように秋がきて、ストンと冬がやってくる。

 私は、来年のライブのために何か印象的な年賀状が作りたいと考えていた。
 缶ジュースや食材の仕入れの時に出る段ボール箱を葉書サイズに切って、そこに年賀状印刷用のおもちゃの印刷機で大きく三段に書いたHAPPY NEW YEARの文字を印刷し、真ん中の段のNEWのEの部分を直径二センチの円に切り取る。その切り抜いた円の中に、店でたくさん廃棄しているビールやジュースの瓶の蓋に椰子の木と夕日をマーカーで描いたものを埋め込む。
 いつもは捨ててしまうもので作った年賀状。
 そんなものを出していいか、Hさんに相談した。
 Hさんは「面白いね、いいよ」と、OKをくれた。
 段ボールを数百個切って、手作業でプリントして、穴を開けて、絵を描いた瓶の蓋を埋め込んでの作業をひたすらやった。こんな年賀状が届いたら、きっともらった人はびっくりするはず。
「リサイクルした段ボールや瓶の蓋はこんなに可愛くなりますよ。来年もよろしくお願いします」
 の気持ちを込めて。

 冬になるとSUNSETの客足はパタっと少なくなる。
 秋から冬は玄界灘に面する糸島半島は大きな波が立つ。
 Hさんは客が少ないのをいい事に、午前中の買い出しが終わるとすぐに波乗りに出かけてしまう。
 残された私とAちゃんは、店内のディスプレイを変えたり、クリスマスのデコレーションを作ったり、仕事なのか遊びなのかわからないような作業をして時間を潰した。

SUNSET LIVE '94


’94年夏、
 ’93年、私は滞在していたイタリアで体調を崩し、帰国して春に手術をした。
 まだ体調が良くなかったので仕事にもつかず、暇さえあれば母に車を借りて福岡市内からSUNSETに遊びにいっていた。

 SUNSET LIVE '94の数日前。
 SUNSETでは店員さんが店の前のデッキで、大きな段ボール箱にマジックでゴミ箱と書いてそれにビニール袋をかけてライブ会場内で使うゴミ箱を作っていた。

「私にも手伝わせてください」

 と言って、私は作業を手伝わせてもらった。楽しい、こういうの。
「私、時間があるんで、他に何かすることあったら手伝わせてください」
 そう言って、その日からライブの設営のお手伝いをすることにした。

 SUNSET LIVEの前日には、店の駐車場に大きなトラックが続々とやってきた。
 トラックの荷台から次々に機材が出てくるのを眺めていたら、あっという間にSUNSETの建物の横にステージが設営された。
 ついに明日、ここでライブがあるんだ。
 ワクワクしながらその様子を見ていると、SUNSETのオーナーHさんが近づいてきた。
「明日は楽しみですね」
 と、私が言うと、
「うん、楽しみだ。そうだ、明日も手伝ってくれる?」
「私、チケットもう買ったんで、明日はお客で来ますよ」
「チケットは払戻しするから」
 そう言って、Hさんは私にチケット代を渡して、
「じゃ、明日は全員10時集合だからよろしく」
 そう言ってどこかに行ってしまった。
 Tシャツに短パン姿でヒョロンと背の高いオーナーのHさんは、三十代の男性だ。日に焼けた浅黒い肌で、
「サーフィンが大好きで波が上がれば、店そっちのけで海に行ってしまう」
 と、店の従業員の人から聞いていた。また海に行ったんだろうか?なんとも掴みどころのない人だ。
 明日、私働くんだ。みんなと一緒にLIVEに行く約束してたのに。まいっか、スタッフ側っていうのもなんか面白いかもしれない。
 翌朝、渡されたスタッフTシャツを着て車に乗り込んだ。
 前日言われた通りに、集合時間の午前10時少し前にSUNSETに着いた。
 いつもの海辺にポツンとある掘建て小屋のような店の周辺はライブ会場に様変わりしていた。
 設営されたステージの横に積み上げられたどでかいスピーカーからは、音響さんがマイクや機材の音のテストに「あ、あ、ワンツーワンツー」と、いう音が爆音で聞こえている。
 うわ、なんだか胸が高鳴る。
 私は従業員用の駐車場に車を止めてSUNSETの建物の方に向かった。ステージの横にいるHさんを見かけ、
「おはようございます。今日私は何をしたらいいですか?」
 と、聞いた。隣には体格のいい男の人がいる。
「おはよう。こちらはライブのディレクションと司会をしてくれるDくん、こっちはMちゃん」
 Hさんの横にいた体格のいいDさんは、
「おはよう」
 と、言いながら握手を求めてきた。私は、
「おはようございます」
 と、言いながらその握手に応えた。
「Mちゃんは、このDくんのサポートをしてください。じゃ、よろしく」
 そう言ってHさんは、またどこかに行ってしまった。あの人消えるの早い。
 私はてっきりゴミ拾いか、入り口でチケットもぎりのお手伝いでもするのかと思っていた。
 サポートって何よ、何すればいいの。
 私はDさんに率直に、
「すみません、私は何をすればいいですか?」
 と、尋ねた。Dさんは今日行われるライブのタイムテーブルを私に見せて、
「今日はこんな感じで進行するようになっている。僕は常にステージの下手のここにいる。Mちゃんは出演者を出演30分前にここに呼んで来たり、細々とした僕の指示に従ってください」
「わかりました」
 私は、分かっても無いくせにとりあえずそう答えた。これは大変な作業だぞ。
 午前中に出演者のリハーサルが始まった。
 カジャ&ジャミンだ。東京にいるときにS市君が送ってくれたカセットに入っている。カセットで聞くよりやっぱり生で聴くと迫力がある。
 そしてハードコアレゲエ。なんかあのボーカルの人見たことある。わかった、池袋のクラブでレゲエクリスマスのイベントがあったときに歌っていた人だ。思い出した。
 聞いたことのあるミュージシャンが、次々にステージでリハーサルを済ませて降りてくる。
 しっかりとミュージシャンたちの顔を覚えておこう。後で本番前に呼びに行くときのために。
 私は気合を入れてそれぞれのミュージシャンの顔を覚えた。

 開場は午後2時、本番スタートは午後3時から。
 朝の10時に来てからあっという間にその時間がやってきて開場となった。
 福岡市から糸島半島の先っちょにあるSUNSETへは、車で来れない人のために今宿駅からのシャトルバスもこの日には特別運行されている。
 カラフルなサマーウエアを着た人や水着姿同然のような格好をした人たちが、いつもは駐車場として使っているライブ会場に続々と入ってくる。
 いよいよ始まる。DJブースからは軽快なレゲエサウンドが流れている。
 ステージの袖にいるDさんからの指示が入った。
「Mちゃん、最初に出演のミュージシャンを袖に呼んでおいて」
「ハイ、わかりました」
 私は会場中を走ってミュージシャンたちを見つけ、
「そろそろ出演の準備にステージの袖にお願いします」
 と、言いに行った。これを何回繰り返しただろう。

「私走る電線みたいだ。でもなんか楽しい」
 そう思いながら、ただひたすら夕方になるまで同じ事を繰り返し走り回った。
 個性的なミュージシャンのグループ名と顔は瞬時に覚えることが出来たものの、どの人たちが東京から来た人たちで、どの人が福岡の人なのか、20歳で福岡を離れて7年ぶりに福岡に帰ってきた私には全くわからなかった。
 そんなことよりも今日このイベントが滞りなく進行すること。そのことのみに集中した。
 どんどん増える観客の中、ノリノリのカジャ&ジャミンの演奏が終わり、最後のバンドの前にココナッツと言うグループのダンサーがステージに登場した。DさんがMCであおるだけ煽って会場を盛り上げている。
 パラオに身を包んだダンサーは足元はドクター・マーチンの編み上げブーツ。会場が盛り上がったところでぱらりとパラオを脱いで、おへそが見えるピタッとしたトップスにショートパンツでガンガンお尻を振ってレゲエダンスを踊りまくっている。会場は大興奮だ。
 もうこれ以上盛り上がらないだろうと言うところまで盛り上がった会場のオーディエンスは、一つの生き物のようになったかのように右に左に揺れまくっている。
 そして大取りのハードコアレゲエのステージが始まった。
 ステージの眼下には海岸が広がり、そこにサーファーたちがプカプカしている。
 その先に大きな夕日が沈もうとしている。
 こんなハッピーな空間が今この地球上で他にあるだろうか、と言うくらい恍惚とした光景だった。
 タイムテーブルを覗くと最後の演奏があと十分で終わるのを確認した。
 ステージの袖ではDさんがステージとオーディエンスを満足げに見渡している。
「Dさん、もう私たまらない。踊ってきていいですか?」
「行っといで、思いっきり踊っといで」
 Dさんにそう言われたのをいいことに、私は階段を駆け上がりステージの後方でコーラスとダンスをしていた女性たちの中に紛れ込んで一緒に踊った。
 コーラスの女性たちも歌い踊りながら、
「いいね、一緒に踊ろう」
 と言う感じで、歓迎してくれている。
 音に乗って体を揺らしていると、踊っている自分を上空から眺めているような気分になった。
 どうしてレゲエのリズムってこんなに心地いいんだろう。高校生の頃バンドを組んでいた時は、縦ノリのパンクが大好きだった。ガンガン飛び上がって汗をビッチリかきまくってドカドカ踊ってるのが好きだった。
 今この場所で感じているリズムは、縦乗りとはまた違う。ドラムやベースの音が心臓の鼓動にしっかりと響いてくるこの感じ、まるで目の前の海の波が寄せては返すかのような感じで自然と一体化しているような気分。レゲエってなんて気持ちいいんだろう。

 はたと気付けば、演奏は終わっていた。
 会場を盛り上げたミュージシャンはステージから降りて行こうとしていて、音響さんが機材を片付け始めている。私は一瞬我を忘れて何処かに行っていたようだった。
 大興奮の中、SUNSET LIVE ’94 は幕を閉じた。
 観客として楽しめなかったことへの後悔は、微塵もなかった。
 それよりも海岸近くの自然あふれるこの場所で、同じ時間に大勢の人と楽しめた達成感に心は満たされた。

山笠が終わったらSUNSET LIVE


 山笠が終わって、今年のSUNSET LIVEのポスターが届いた。

私がサンセットライブに携わっていた頃は、

音響担当のSTAFFのTさんから、

「山笠までは忙しいけんね、その後で、じっくりライブのことを進めて行こうね」

と、諭されたものだ。


私がサンセットライブのことを知ったのは、

’93年、イタリアに住んでいた時のことだ。

福岡に住む、高校時代の友人Yちゃんが送ってくれた手紙の中でだった。そこには、

「マコ、夏に海岸沿いでサンセットライブってのがあって、すごく楽しかったけん、来年は一緒に行こうよ〜」

と、書いてあった。

その頃の私は、イタリア人の彼氏と結婚するつもりだったし、

行けるかな?そのライブ、くらいの思いだった。


初めてこのライブを知った日から早30年。今年で最後と聞いて、

「山笠があるけん博多たい!」くらいの勢いで、

「SUNSET LIVEがあるけん、糸島たい!」ではなかったのかと思う。

山笠は歴史も古く、神事だから比べるのもおこがましいのだが、

祭りやフェスというものは、祭りの当日にグワーっと盛り上がる。

その日を目指して、幾月も前から同じ方向や目的に向かって、

多くの出演者や関係者、スタッフが集中して気持ちを込める。

要は、一つの場所に大きな気の塊が出来上がっていく気がする。

あたために暖まったその気は、祭り当日に大爆発を起こし、

祭りの後の何日もの間、その気をあたり一面に散りばめる。

大きな”いい気”の流れを、その土地に散りばめる効果がある様な気がする。

今年で最後かと思うと、これからの糸島がちょっと心細い気もする。


’93年に知ったサンセットライブ。その翌年から私はスタッフとして働くことになった。

私にとっては人生の中で、とても大きな出来事の連続だった。

そんな忘れたくない日々。

’94年から’99年までの私が見たSUNSET LIVEをこのブログに残しておこうと思う。

どうぞ、暑い日の最中、涼しいところでゆっくり呼んでみてください。





水曜日, 7月 03, 2024

月桃が咲いた


 3年くらい前に頂いた苗を植えていた月桃。

なんと、花芽が上がってきてついに咲きました。

なんて麗しいんでしょう。


先週まで雨続きで、日曜日にどっかり降ったと思ったら、

ピカ〜んといきなりの夏日。たまらない暑さですね。



さて、今月はイベントがいろいろでケータリングのご依頼も多く、

週末に休む日が多いです。


7月7日(日)は、当店にもよく来てくださるパピコと仲良しのlucaminaさんの

2nd album  「star gazer」のリリース記念、ピアノコンサートの後の

アフターパーティのお食事を提供させてもらいます。



7月13日(土)はピアノの発表会のお弁当と、青空タスキさんのイベントのお食事担当。

13時よりオープン予定です。


7月15日(祝月)は、美しい蝶の絵を描かれる日本画家 小松孝英さんを囲んで

海辺の別荘でのパーティのお食事を担当。

7月24日(水)は、フラダンスの会の皆さまの懇親会のため貸し切り。

7月25日は祐天(うゆんて)さん公認 「心をうつすお香づくり体験」

仲人の書道家めぐみさんによるお香づくりのワークショップ開催のため貸し切り

となっています。

いろんな方に出会えそうでワクワクしてます。



近所の革クラフトのお店、DURAMさんでパピコにかっこいい首輪を作りました。

似合ってるでしょ?

木曜日, 6月 06, 2024

まだ梅雨入りしない6月


 紫陽花たちが雨が降るのを首を長くして待っています。

6月に入ったのにまだ梅雨入りしていない今年。

ここ糸島は朝晩が肌寒いくらいの気温です。

まだクーラーも要らず日中の心地いいことったら。


今年もブラシの木の花がたくさん咲きました。

店の入り口にあるので、みなさん「これなに?」と聞かれる。

ここ最近は、毎日のように海外からのお客様がいらっしゃいます。

長テーブルに座っていた地元のお客様と海外からのお客様が、

スマホを使いながらお話ししている風景をカウンター越しにながめています。


飲み屋さんのカウンターでもない限り、

お店にいる知らない人とおしゃべりするってあんまりないですよね。

でも、うちの店ではちらほら見かける光景。

それは一期一会だったり、そこから縁ができたり。

それをながめていられることの幸せったらありません。


6月のお休みをお知らせしておきます。

夕焼けが夏の模様になってきました。




日曜日, 5月 12, 2024

ゴールデンウィークが過ぎて・・・


 ビビりまくっていたゴールデンウィークが過ぎて行きました。

いやね、あまりに久しぶりすぎて、傾向と対策がたてられないんですよ。

四年前の感じと、最近の傾向・・・全然読めない。

仕込みはしっかりしました。

ガタぶるだった気持ちは、後半に近所の大学に通う頭の切れるRちゃんが

バイトに入ってくれたことで、かなり緩和されました。

GWらしく、それなりに忙しい日もありました。

そんなことより、久しぶりにバイトちゃんが入ってくれて、

若い子とのお話の楽しかったこと。そっちが大きかったかな。

世代も通常の生活も全く違う彼女と、ゆっくり時を過ごして

いろいろ話せた事が一番楽しかった。

向こうもそうだったらいいなぁ。


GWの中休みには、御近所さんにガーデンパーティに呼ばれて一休み。

これも楽しかったな。


そうそう、昨日でパピコは10歳になりました。

まだまだ元気です。大切な相棒、これからもよろしく頼むよ!




土曜日, 4月 06, 2024

どこも満開


あっという間に4月になっちゃいましたね。

我が家の庭も花盛り。桜にプラムにチューリップにと次々に花が咲いています。


先日の定休日にパピコと歩いて櫻井神社まで行ったら、
仲良しのビーグル犬のルビーちゃんに遭遇しました。
二匹は姉妹のように仲良くって、
きっとテレパシー使って呼び合ったんだろうなと思いました。


ここ最近は、私の拙著「ようこそRUSTIC BARNへ」を読まれて
来店してくれる方がちらほら。
「この本を読んで、いつか着てみたいと思ったんです」
だったり、
「定年退職して、次に進む節目に伺おうと決めてたんです」
とか、ありがたい限りです。



この「ようこそRUSTIC BARNへ」
は、お利口さんな内容でしたね〜
と仲良しの友人達に言われ、
やっぱ友人達は、そう思うよなと我ながら苦笑

次の作品はもっと殻を破って
本来の私をさらけ出したいなぁと目論んでます。


間も無く私にとっては恐怖のゴールデンウィークがやってきます。
今月のお休みは、こんなんです。


明日、4月7日(日)は三瀬の「猫の途中」さんに出張しております〜

 

水曜日, 3月 06, 2024

おひなまつりが過ぎて


 豆まきの次はお雛祭り。

我が家のお雛様は、親指ひめサイズ。チューリップから生まれて来たのかもです。

月が新たになると、神社へお参りに。


犬というより馬みたいなパピコの写真が撮れました。黒光してる。

犬は神社や地場がいいところに行くと、ウキウキ状態が半端ではありません。

エネルギー力が強いんだろうな、ってことをパピコで確かめられる。

神社でお参りしていると、どちらからともなく話しかけて、

お店に来てくださるようになる方もちらほら。こういう方とは不思議と話が合う。


三寒四温のこの季節。雨降りの日が多いですね。
よってパピコも漏れなく店内営業。もうすっかりお座敷犬だねと笑われてます。

今月のお休みです。


4月の7日は、猫の途中さんのイベントで、お弁当持って出店します。

きっとあっという間に暑い日がやってくるんでしょうね。
今年の糸島はどんな感じなのかな。







月曜日, 2月 05, 2024

豆撒きしたよ


 いくつになっても、節分には大きな声を出して窓から豆を巻きたいと思っている。

もちろん今年も。「福はうち」を「鬼は外より」少し多めに言うのもポイント。

昨年秋から体調が優れなかったりで、微妙に気持ちも低迷していました。


節分で豆まきをした翌日の立春の朝。

きっと久しぶりに雨が止んで晴れ間が見えたせいもあったのでしょう。

あ、私元気になった!と思えたのです。

それで、こんな日にはもっとエネルギーの高いところに行きたい!と。

向かった先は、伊都郷土美術館。今なら、野見山暁治さんの絵が見れるから。


アトリエの中を模した展示は、野見山先生の息遣いが感じられるようで、

躍動感を感じました。

絵の横のキャプションも憎いの。

私もこんなこと言える人になりたいな。

ここ最近、中村文則さんのコラムや伊坂幸太郎さんのエッセイを読んで、

ほうっ、なるほどね。と思うところがありました。

今まで知ってはいたけど、よくわかっていなかったと言うか、

実行できていなかった事柄が見出されて、

そうか、そこをやればいいんだ!と気づく事柄が何個かあり、実践中です。


立春が過ぎて、やっと新たな春がきた気分。

今年は元気に邁進したいな。

パピコも元気です。真っ黒だったのにずいぶん白の領域が出てきて

これじゃオセロで負けちゃうよ。


散歩道には黄色や黄緑色がたくさん目につくようになってきました。

春ですね。




火曜日, 1月 16, 2024

素敵な週末

 


かきんと冷えた畦道の上を歩く朝の散歩が続く。

金曜日は久しぶりにずっと行ってなかった大名のクラスサロンへ。

久しぶりの上に、この週末は「お宝市」。私にとってのお宝をゲットできて大満足。

気に入ったアイテムを手に入れることができると、こんなに気持ちが上がるもんだろうか。

そんなことを思いながらの散歩では、四葉のクローバーを発見。

いいことありそうじゃないか。


昨年の秋から右肩が急に動かなくなったり、

おせち料理を作らねばならないのに不甲斐なく風邪をひいてしまったり、

自分が情けなくってしょうがなかった。

年が明けて、今年はいい年にするぞ!と意気込みばかりでどっちに動けばいいのか本心は右往左往していた。

そんな中、いい事が起きた。どんな事かって、素敵な人たちと会話できるという出来事。

出会ったその人たちは、社会的にしっかりと自分の意思を持って生きていて、その部分にグッと惹かれる。

話した内容は、これまでの自分が出会った素晴らしい環境だったり、面白い出来事だったり。

その話の内容は、私の頭の中でちゃんと絵が描けるようなきちんとしたビジュアル。

相手にわかるように話せるって、とても長けた人だと思う。

そしてお話ししたどの人の話題も、最終的には今後の未来だったり、これからの糸島だったり、

胸をグッと掴まれるような清々しい内容だ。

楽しかった。

私が店を営んでいる大きな理由の一つは、お客様においしい料理や飲み物を提供することと、

グッと旨味のあるお話をすること。

この週末は大いに私がおいしい思いをさせてもらった。

この会話で、かなり栄養いただきました。ありがとうございます。

美味しい会話でお腹いっぱいで行った日曜日のカラヴィンカでのライブ。


会場内はハーブと鉱石で浄化されている。

息を飲むような仕掛けがあるここでのライブ。主催者のセンスに毎回脱帽。

奄美の沖縄のとはちょっとニュアンスが違う島唄を彼女なりのアレンジで歌ってくれたももちゃん。

初めてやったハぺも効いたのかな、

ももちゃんの歌声から次々に画像が浮かんでくる。

きっと演者と聴くがわの波動がぴったり合うとこんな現象が起きるんだろうな。

心地よい気持ちで会場を出ると、外は満点の星空だった。


こんな美しいものを日々感じられるのが糸島暮らしだよな、と思った。

同じ糸島に住んでいても、他の住宅街に住んでいるのと変わらないような生活は意味がない。

日々の周りの自然を楽しむ。

そのとこによって感度が良くなったり穏やかな気持ちになったり

するんじゃないかなと思うここ数日。


昨日の夕焼けも幻想的で、つい車を停めてうっとりしちゃったよね。




水曜日, 1月 03, 2024

2024年が明けました。


 あけましておめでとうございます。

おめでたいのに、元旦から騒がしい日本です。今年はどうなるんだろう。

昨年の後半は、不意にムカデに腕を数カ所刺されたり、

右肩から下が動かなくなって仕事もできなかったり、

おせち料理を作らねばならないのに(毎年最新の注意をしているにもかかわらず)

風邪をひいてしまったり、挙げ句の果てには大晦日に父と喧嘩をしてしまったり・・・

日々、いいことばかりではない。


自分が予期していないことが起きることもあるんだなと言う思いを噛み締めました。

熊が大好きでその熊に襲われて亡くなった星野道夫さん。

彼の言葉でとても印象に残っているものがあります。

Life is what happen to you while you are making other plants.

(人生とは、何かを計画している時に起きてしまう別のこと)

ふと、どうしてこんなことが起きたんだろう?と、思った時にこの言葉をよく思い出します。

店を始めた時に、いらしたお客様の芳名帳を作り、

その一冊目の最初のページに自分でこの言葉を書き込んでいます。

どんなことが起きても、それが人生なんですよね。

まさか自分を取材していたクルーが残した残飯をあさりに来た熊に襲われるなんて、星野さんも夢ぞ思ってなかっただろう。

毎日を大切に、体が動かない時にはその時にできることを。

一つ一つに意味があるんだと自分に言い聞かせながら今年の道を進んでいこうと思います。

今年のお正月のお花は、花花のHさんが、「香りがいいから絶対にこれにしな!」

と勧めてくれたクロモジ。店中が凛と引き締まる感じです。


パピコも変わらず元気です。

今年もよろしくお願いします。



皆敷のワークショップのお知らせ

 4月に入ってあっという間に時が過ぎ、もう後半じゃないですか! ブログ更新がすっかりさぼりがちになってしまってます。 そんでも、インスタ(@rusticbarn.itoshima) は、毎日投稿してますんで、、、(言い訳) さて、6月に皆敷のワークショップを開催します。 最近、和...